心配症の選手、心配症の親はよくいる。
心配症は良い事だと思っている人もいるが、あまりポジティブには考えられない。
心配症の選手はとにかくミスを怖がり、
打てなかったらどうしよう…
悪送球だったらどうしよう…
エラーしたらどうしよう…
そう考えながらやっている事が多く、そのネガティブ思考が良い結果に結びつく事は少ない。
どうしよう どうしようと思っていたら、思い切ったプレーはできず、やはり失敗ばかりになる。
親の心配症もかなり多い。
先回りして結果を想像して心配したり…
どうなるか分からない未来を考えて心配したり…
過去の失敗を引きずって心配したり…

失敗させたくない親の気持ちも分かるが、子どもへの言葉や目線に心配が出過ぎると、子どもにも乗り移り、やはりうまくいかないケースをよく目にした。
選手や親の心配症が物事をプラスに動かしていく事はあまりない気がする。
だんだん思い切ってプレーをする事ができなくなる選手も山ほど見てきた。
心配で子どものプレーに口を出す場面が増えたりする親もたくさんいて、マイナス要素があまりに多く、選手の失敗や停滞を呼び寄せる感覚しかない。

私も心配症に苦しんだ時期が長かった。
私の場合は、指導者から叱られ 怒鳴られ 叩かれという経験から失敗が怖くなり、
心配症になってしまった。
考え方を変えるなんて簡単にはできない。
今日は強い自分で行く!と毎日心に誓っても、なかなかここぞと言う時に強くなれない。
それでもそのマインドから脱するためには、毎日の積み重ねから来る自信と成功体験を繰り返す事が大切だと思う。
親も子どもに向ける視点を変えて、心配にならない考え方を見つけ出し、どこかで割り切るか開き直りが必要。
親子でここまで頑張ってきたんだから絶対大丈夫!と思えるぐらい心配症にならないプロセスを築き上げていくと、心配から期待に変わるタイミングがあるかもしれない。

心配症に苦しむ人は多いが、そこにも指導者が深く関わっている。
指導者の選手や親との向き合い方が鍵を握る気がする。
選手の場合、生まれ持っての性格もあるが、怒られたり怒鳴られたりして萎縮してしまったり、試合での失敗によって叱られて交代したり、本人なりに頑張っているのに全く大人に理解がなかったり、それらが心配症や神経質な心を形成していく。
私は昔から支配や圧力の中で子どもたちが野球をする事は良くないと言い続けているが、このような心の形成が出来上がってしまうとなかなか変えられない。
昭和時代は、そんな環境の中で精神を鍛えると言う考えが定説であったが、その環境で強くなれる・鍛えられる事はあまりないと思う。
